『スパイの妻』 – 昭和をスタイリッシュにリバイバルした戦争風刺サスペンス

簡単な感想『スパイの妻』

惹かれた/興味深かった点

・ファッション

・高橋一生と東出昌大の演技

・一切無駄のない登場人物

・総じて舞台のような演出

どんな人向け?

・サスペンス好きであれば楽しめる

・昭和史の知識が一定ある人

ひとこと

高橋一生の余白のない筋の通った声と東出昌大の靄のかかった幼声が、リベラルと保守の対峙する配役として説得力がありました。そこに蒼井優の多少派手な演技が加わると、ときにスクリーンを通して舞台を見ているような気にさえなります。

中盤はハラハラドキドキを味わいスリルあるサスペンスのエンターテイメントに仕上がっています。世界的に受け入れられやすい題材で分かりやすい演出、高評価を得られるのも納得。加えて、スタイリッシュでさりげないオシャレが至るところに、というのも個人的に興味深い点でした。

ある視点での感想論『スパイの妻』

優作、聡子、泰治役のキャスティングと演出の妙

まず登場人物のスタンスがとてもわかりやすいです。

貿易を営む優作は日常的に外国人と接しているため、より国際標準的な考えをもっています。高橋一生がそこに気品と凛々しさを付け加えて優作のキャラクターを確固たるものにしてます。

妻の聡子は優作を愛し、愛されることを求めています。「正義より幸せでありたい」と言い放つ純粋さと一途さを、そしてそのために行動を起こせる度胸を兼ね備えています。蒼井優が静と動の振り幅の大きい演技で、おしとやかなお嬢様から覚悟した妻への変わりようをうまく演じています。

一方で、幼馴染で憲兵分隊長の津森泰治役を東出昌大が演じている。この配役が絶妙だと思いました。

高橋一生と東出昌大に見る俳優の持つ”声”の力

高橋一生と東出昌大が相反するスタンスを持つ、いわば対峙する敵同士なのですが、お二人の特に声が、その構図の堀をさらに深くしてくれているように感じました。

高橋一生の声は凛として鋭く突き抜けるようで、語尾に余韻はなく切れ味するどいセリフを放ちます。

一方で東出昌大は靄のかかった、どこか幼子のような声で余韻のある耳に残る声に感じます。

前者は思考を働かして結論づけた意志の強いスタンスでどこか正義のように見えます。後者は生まれたお国のためにと思考排除で盲目的に、だがまっすぐ正義と信じている、どこか浅はかな滑稽さを醸し出しています。

これが演出、場面と折り重なっていく中で、しっかりした土台を作っているように感じました。スパイ映画における、追うものと追われるもの、意思を持つもの持たざるもの、この対極をしっかり形作ってくれているため、頭で考えずとも映画に入り込めるのは素晴らしいです。

想定したなかった、スタイリッシュさのある映画

この映画が、私としてもう一点気になったのは異様に「カッコイイ」です。

館の家具ひとつとっても、車も、セットも、特に目立ったのはファッションです。

昭和初期のファッションで、戦時中、いくら優作が貿易商を営み、聡子が世間知らずのお嬢様であっても小綺麗さ含めて違和感を感じます。

といっても、主要キャラクターのみならずエキストラにおいてもどこか上品で昭和の戦争映画を描く際によくある小汚さはほぼ見えませんでした。

上記拝借している場面写真において見てもおわかりになるかと思います。

これは高橋一生演じる優作が満州に渡るためにこれから船に乗り込むときの格好です。オシャレすぎます。

他にも聡子の洋服はときにカラフルで、ときにシックで画面に色彩を香りだてます。

全体通して登場人物のファッションは、センスよく、他の要素と交わり作品全体をスタイリッシュに仕上げています。「お見事」感を演出するためにすべてをスタイリッシュに雑味のない仕上がりに固めたかったのかもしれません。

脚本家に精鋭を揃えた傑作

脚本に名を連ねるのは濱口竜介野原位です(ちなみに黒澤清監督も脚本に参加しています)。黒沢清監督と濱口竜介は師弟関係で濱口竜介監督のもとで助監督として経験を積んだのが野原位です。

濱口竜介監督は『ハッピーアワー』で世界的評価を得て『寝ても覚めても』で商業映画も作っている方です。次回作は村上春樹原作で『ドライブ・マイ・カー』の製作が決まっています。

野原位も自身監督で作品を発表しており、本作品において脚本家は監督経験を持ちつつ、関係性も深いものがあります。

本作における細部含めた統一感の仕上がりは主要スタッフの距離感(チーム黒澤)がもたらした功績にも思えます。本作で黒沢清監督は国際的評価を高め、次回作はより大きな予算をもって映画製作に取り組めるかもしれません。ちなみに余談ですが、映画『スパイの妻』はNHKで8Kドラマとして放送されたものを劇場版に編集したもので当初から映画を前提で製作されたものではありませんでした。

これからの黒沢清監督、あわせて濱口竜介監督の活躍を見届ける上で、『スパイの妻』はひとつのターニングポイントになる日本映画だと思います。ぜひこのオシャレな作品を多くの人に観てほしいです。