【作品論評】映画『佐々木、イン、マイマイン』 – “過去”が生む、”現在”を走らせてくれる光

INTRODUCTION

[ STAFF / CAST ]

監督:内山拓哉
1992年生まれ。中野量太監督(『浅田家!』『湯を沸かすほどの熱い愛』など)を師事し、23歳で初監督作『ヴァニタス』(PFFアワード2016観客賞受賞作)を制作。他に King Gnuの“The hole”のミュージックビデオ監督などでキャリアを積み、『佐々木、イン、マイマイン』を監督。

主演:藤原季節
1993年生まれ、北海道出身。21歳から数多くの映画やテレビドラマでキャリアを積み、本作『佐々木、イン、マイマイン』で初主演。来年には大河ドラマ『晴天を衝け』の出演も決定している。

脚本、出演:細川岳
『泣く子はいねぇが』の佐藤快磨監督の出世作『歩けない僕らは』『ガンバレとかうるせぇ』などに出演。内山監督の『ヴァニタス』にも出演し、本作にも出演となった。本作においては佐々木役を演じるに留まらず脚本から参加をしている。[

[ STORY ]

物語は過去の高校時代の佐々木や仲間とつるんでいた情景と、現代の悠二の物語とを交互に織り交ぜて進んでいく。

主人公の悠二は、役者をしながらアルバイトで生計を立て、別れた元カノと一緒に暮らす青年。ちなみに元カノには未練あり。

すべてが中途半端で冴えないことに苛立ちを感じながらも、高校時代の仲間多田と偶然再会したことをきっかけに当時いつも輪の中心にいた佐々木を思い出す。

ブレない「佐々木」をつくった細川岳

マインドでもなく、マイン。
だれかしらないが、佐々木。
意味わからないが、頭に残るタイトル。

とりあえず佐々木が出てくるのだろうと理解できる。この佐々木という男に目を向けさせることにこれでもかというほど種が巻かれている。
観客は冒頭から佐々木は誰か、どんな奴かと探す。冒頭は残念?ながら悠二。佐々木の人物像が鮮明に見えてくるのは物語の中盤以降である。


作品全体を通して「若さ」をすごく感じるが、インディーズやアマチュア作品には一切見えない。
一歩間違えると全体の輪郭が曖昧になり、物語としてあやふやになりそうな危険をはらんでいるが「佐々木」というキャラクターが強烈かつ明瞭な光と影をもたらしてくれているので、それによりしっかりと観客を引き込んでくれる。

劇中で「佐々木」が発揮する個性の強さの一因は、脚本にも名を連ね、製作から演技まで首尾一貫して「佐々木」へアプローチした細川岳が貢献するところだと思う。

俺らにしか創れない映画を見せてやるという高らかな宣言

この作品自体が作られたバックグラウンドを詳しく知らないが、調べる限り20代後半のキャスト・スタッフが中心になって製作をしている。

この物語はおじさんでは創れない。

あきらかに20代後半が感じる「高校時代」の鮮度であり、20代後半とはその高校時代の延長上に色濃く置かれていることは当事者でない限り意識しないだろう。
高校時代に見えていたものはまさしくその時代の全てで、その延長線上のギリ端っこにいる20代後半で振り返ったときに、その全てが全てじゃないことに気付かされたり、それにより初めてその時代を卒業したことになるのかもしれない。

あらためて『佐々木、イン、マイマイン』は、社会的な「変わりたい」と人間的な「変わりたくない」が同居する20代後半の尖り方と、そこからの脱皮を描いた作品だと思う。

人生はいつも苦しいが、20代独特の苦しみ、苦味の一端をだれもがこの『佐々木、イン、マイマイン』に感じるところがあるのではないだろうか。

30代後半の僕にとっても、なにかノスタルジーを高らかに昇華させてくれる感覚をもたらせてくれる一方、自分の中に血潮吹かせる「俺、イン、マイマイン」を立ち起こしたい欲望がよぎったりする作品である。

オアシスの「Definitely Maybe」やストロークスの「Is This It」を思い起こした。

小綺麗さはなく、粗削りは間違いない。
ただ、確実にこの物語に光るものを見つけ、自分のノスタルジーの振り返り方に影響を及ぼす映画になっている。

内山拓也監督×藤原季節主演!映画「佐々木、イン、マイマイン」予告編【公式】11月27日(金)公開!