『星の子』- 不気味な空気の中に純愛を感じる作品 –

Story

大好きなお父さんとお母さんから愛情たっぷりに育てられたちひろだが、その両親は、病弱だった幼少期のちひろを治した“あやしい宗教”を深く信じていた。中学3年になったちひろは、一目惚れした新任のイケメン先生に、夜の公園で奇妙な儀式をする両親を見られてしまう。そして、彼女の心を大きく揺さぶる事件が起きるー。

Staff/Cast

監督・脚本:大森立嗣
原作:今村夏子
音楽:世武裕子

出演:芦田愛菜、永瀬正敏、原田知世、岡田将生、高良健吾、黒木華

簡単な感想『星の子』

惹かれた/興味深かった点
  • 宗教と人の切り分けた見方
  • 家族と社会の境界線
  • 日本のエドワード・ファーロング
どんな人向け?
  • ファンタジー好き
  • 思春期の子供を持つ親
  • 偏見、先入観を持ちにくい人(持ちたくない人)
  • 家族が好きな人
ひとこと

新興宗教というスパイスを使って家族を社会から、敢えて切り出して描いているようにも思えますし、家族という狭いコミュニティの特殊性を感じました。異質なものもあるし、嫌悪もある、けど愛もある。それがまわりからは目に見えないために、どことの絆を優先するか、どうバランスを保つか思春期の娘(芦田愛菜)を通して見える世界は、あらためて我々大人にも気づきを与えてくれるものでした。

駄文的長文な感想論『星の子』

宗教により社会と断絶されていく家族の描写が丁寧に描かれている。

原田知世と永瀬正敏が演じる主人公ちひろ(芦田愛菜)の両親がとても不気味さを醸し出してくれています。

緑ジャージに白い布を頭に載せた2人は、夜な夜な家の近くでお互いに水を掛け合っています。ちひろも積極的に宗教に関わっているわけではないですが、両親の言うことは嫌がらず素直に受け入れていることが見受けられます。

本作では宗教団体に過信していく過程が丁寧に描かれています。

ちひろが小さい頃病弱でそれを治してくれたのが宗教団体の販売する水だと両親は信じています。自分への愛情がきっかけになっているため、ちひろも両親を大事に思っています。

芦田愛菜演じる、思春期で少し鈍いちひろがかわいらしい。

中学3年生のちひろは友人もいて、その友人もちひろの宗教のことは知っています。

新任の美波先生(岡田将生)に恋をすること、また、その先生に自分の両親の一連の仕草を見られたことで、社会と家族との境界線が一気に表面化します。

その温度感が変わり始める思春期のちひろを演じる芦田愛菜は、すごく中学生のそれらしくもあり、女性的でもあり、表情の不安定さと安定さの使い分けが、もはやマルマルモリモリではないことを認識させてくれます。

性格的にすこし鈍感なところもあるのか、違った可愛らしさも感じます。

高良健吾と黒木華が宗教法人の幹部で出演されてますが、またこの2人も不気味なボス感があり、我々日本人が持つ新興宗教への不信感を煽ってくれます。

その中で一人、ちひろがピュアで、性格的には少し鈍いところもありながらも、大人になる中で客観的に物事を見出す過程が、とても愛らしく、そこは結局マルマルモリモリな芦田愛菜ちゃんを感じるところなのです。

雑味を削いだときに見えるものは何が一番大事なのか。

宗教の怖いところは、信じるものに偏りが出すぎてしまい、中立的な場所がどこかわからなくなってしまうこと。これは自分も相手もどの立場なのかわからず人との距離感がわからないことを示します。

それにより、他人は信じられなくなり、より宗教という実物のないものに頼りすぎていくことだと思いました。

なので、本作で描いている宗教団体と両親に関しては気持ちがわかるものの、やはり親近感が湧くものではありません。

本作ではこの感情をちゃんと観客に浸透させているので、自然とちひろに感情移入ができ、それが素晴らしいと思いました。

とへい、本作において家族と宗教という関係性はあくまでもエッセンス。それを削ぎ落とすと、ちひろが社会の中で自分のアイデンティティをどう確立していくか、そのスタートに立ったとき見えた社会の中の家族像、というものを描いたと解釈できます。

やはり家族は自己形成の中で影響が大きいものです。でも家族は他人であり、自分は自分として生きていかなくてはいけない。だからこそ、どう愛するかも自立とともに考えなくてはいけないのでしょう。

ラストは賛否両論あるようですが、私はこの終わり方が好きです。

でもそれ以上に、芦田愛菜が好きになりました。

まだまだ若く、幼い俳優さんですが年齢の成長に応じた表情の変え方ができる役者さんというのは観ていて、とても楽しく愛らしく感じます。

これからの芦田愛菜を楽しみにしています。