「ミッドナイトスワン 」いまだ心根に残響が鳴り止まやまない

映画「ミッドナイトスワン」は自分のこれからの人生において少なからず影響を与えると思う。インタビューでエンターテイメントがゆえ、多少のオブラートには包んだ描写にはなっていたと内田英治監督は話していただが、それでも十分私にとってはリアルで生々しかった。

また、本作はチープな言葉で表現する映画ではないし、褒めどころを探してのだれがよかったとかを語るレベルの映画ではない。

だが、それでも言いたいのが、服部樹咲という俳優についてである。この映画を観て服部樹咲という美しい俳優を推さない理由はなくなるだろう。

本当に良かった。

今作がデビューの服部樹咲
バレエ経験のある服部美咲は今作で俳優デビュー

意外とデートには向いている映画かもしれない

もちろんポップな映画でもないし、ラブコメでもない。

だがミッドナイトスワンに関しては、多くの人が観て、観た後に人生観や倫理観、自然ともってしまっている偏見によって感想が大きく異なってくると思う。

そういう意味では、だれが観てもよいだろう。

私がデート向きだと思ったのは、観終わったあとに感想を語る相手がいることで、気づきや新しい考えの広がりを感じることができるかもしれない。またそこで新しい相手の本懐を見ることができるかもしれない。

映画として、もちろんエンターテイメントしている。

しかし、それ以上に、登場人物の欠落したアイデンティティと幾人ものそれが絡み合う物語性は、しっかりと私達の心に響かせる強烈な手紙のようなものに感じる。

その手紙の中身は人それぞれだろう。

その手紙の内容に、ちゃんと向き合い、ちゃんと語り、ちゃんと気づくという行為をちゃんとやることで絆が深まるかもしれないし、意外と大したやつじゃなかったな、なんてこともあるかも。

付き合う前のカップルの最終見極めステージにおいては適している気がした。

少しずつ解け合う渚沙と一果

繊細で触れれば壊れそうなキャラクターを演じられる俳優たちの力量

観終わってから3日は経っている。これを書きながらも、また心がざわついてくるのを感じる。カイジのそれとは全く違う。

ハイヒールで速歩きな凪沙。部屋の清潔さ、身だしなみに気をつける凪沙。髪の手入れなどしない、人としゃべらない、心で処理することができず自傷することで自分を保つ一果。そういった細かい描写ひとつひとつがセリフ以外で登場人物の変化を語ってくれる。

らしく生きること、それを阻むのは心の性と肉体の性が異なっていること。私達が陥りやすいアイデンティティ・クライシスとは種類が異なり、想像できるものでもないだろう。

主演の草彅剛はトランスジェンダーをわざとらしくなく演じてみせた。このわざとらしくなくという表現の活用は適切でないかもしれないが、不自然さも微かに感じさせる”自然さ”であったと思う。

渚沙にとって一果が大事に存在になる

生生しいスワンと神々しいスワンの嫌味なき対比

私のリアルではないから、あくまでも想像力の範疇で使う言葉になるが、今作はリアルだった。

自己に合わせた肉体を得ること、その得るために必要なお金を稼ぐ術、その術において”らしさ”の犠牲をまだ必要とさせる世間、肉体を得た後でも掛かるメンテナンスコスト、様々なリアルがこの作品にはあった。

この映画には気づきがある。そして美しさがある。

その美しさにも種類があり、いくつかの美しさが散りばめられている。

その大きなひとつに、今回がデビューした俳優:服部樹咲がいることは間違いない。重ねて推したい。

少女の悲しげな顔を見せ、どこか儚く壊れそうな演技。迷いない芯の強さを魅せるバレエのシーン。影と光を美しく魅せる素晴らしい俳優。

ラストの海でのシーンでの服部樹咲は鳥肌が立つほど綺麗だった。

素晴らしい映画だった。

映画『ミッドナイトスワン』925秒(15分25秒)予告映像
長めの予告ですが、ぜひご覧ください。