『滑走路』踏みとどまり、振り返り、また前を向く【東京国際映画祭レポート】

あらすじ「3人の群像劇の先につながる結び目」

歌人・萩原慎一郎による「歌集 滑走路」をモチーフにしたオリジナルストーリーで展開される映像作品です。

「歌集 滑走路」に込めた萩原慎一郎さんの現代を生きる人たちに向けた言霊を咀嚼して大庭功睦監督が3人のキャラクターに命を吹き込んだと感じます。

1 人目は厚生労働省で働く浅香航大演じる鷹野。過去の呪縛から逃れようと意識的に未来だけを見て出世を望み仕事に精を出しているが、一方で多くのストレスを抱え不眠症を患っている。ある非正規雇用の同じ年齢の自死した若者に興味を持ち調査をすすめる。

2 人目は水川あさみ演じる切り絵作家の翠。美術講師の夫との二人暮らしで子どもを持つことを考え始めている。だが、夫は翠の才能を羨んでおり、徐々に2人の関係性に脆さが出始めている。

3 人目は寄川歌太演じる中学生の学級委員長。幼馴染をいじめから助けたことで、自分がいじめの対象になってしまう、正義感の強い母親想いの少年を演じます。

余談ですが、寄川歌太(よりかわうた)は若干 16 歳、 11 月 13 日公開の映画『たぶん』にも出演されます。来年は『燃えよ剣』でも目にすることができる、今注目の俳優です。6歳という小さい頃から歌舞伎や舞台の経験豊富な実力はです。

この 3 人の個別の群像劇をベースに、その群像劇の先が重なり、ひとつの結びとなる物語でした。

理不尽ないじめに奪われない「自分であること」

特に3人目は萩原慎一郎本人のご経験を写しているキャラクターでしょう。観客としては切なく、理不尽さを感じつつも、彼の中学生活がすべていじめで塗りつぶされているわけではないと感じられます。

むしろいじめという理不尽な暴力にも、彼の優しさや性格の貴重性は失われず守り続けたこと、そしてそれが歌集という他人に優しさを添えるものに繋がっていったことを尊敬の念を込めてスクリーンに向き合えると想います。

東京国際映画祭でのプレミア上映舞台挨拶で浅香航太さん、水川あさみさんは「気軽に観てほしい」とお話されてましが、内容的にはやはり緊張感のある映画ではありました。

人間の美しさも醜さも、社会の良さも悪さも、両極描かれています。現代の社会を目の前にして起きている臨場感というものがしっかりあります。

「歌集 滑走路」という萩原慎一郎さんの魂

私は映画を先行して拝見、その後に「歌集 滑走路」を拝読しました。萩原さんがあとがきを入稿後に、自ら命を断ったということは、自分の命をこの歌集に託して、歌集に魂を移したと思えます。

その重みの前提において言葉の一言一句を読むと映画以上とは違い、私自身を投影した連想がイメージされます。

本作は「歌集 滑走路」が生んだ萩原さんの一部の魂であり、それを感じることで人との繋がり、社会との繋がりに自分自身無理してないか深呼吸するようなきっかけになる映画だと思います。

あらためてか、はじめてか、その後でも「歌集 滑走路」を読むと、違った絵が浮かぶのかもしれません。そしてそれはまた萩原さんの新しい魂の一部なんだと思います。

『滑走路』

映画『滑走路』(11月20日公開)ロング版予告

監督:大庭功睦
脚本:桑村さや香
原作:萩原慎一郎
キャスト:水川あさみ、浅香航大、寄川歌太、木下渓

2020年11月20日公開予定