『博士と狂人』を面白く観るための予習 – 多くの国がドラマにする辞典の裏側

意外にもメル・ギブソンと初共演のオスカー俳優ショーン・ペン

「オックスフォード英語大辞典(OED)」の誕生秘話を描いた「The Professor and the Madman(原題)」を観てきました。

OED編纂において実際にあった博士と精神を患った殺人犯の絆を描いた話です。

博士を演じるはメル・ギブソン、狂人を演じるはショーン・ペンで意外にも2人は初共演。余談ですが、両方オスカー受賞俳優かと思っていたのですが、意外にもメル・ギブソンは監督では『ブレイブ・ハート』でオスカーを受賞していますが、俳優としては受賞していなかったんですね。

とはいえ、ハリウッドの誇る重鎮2人であることは間違いなく、重厚なドラマを見せてもらいました。

映画自体の批評は置いておき、事前に押さえておくとさらにこの映画が面白くなるだろうなという視点で簡単な入れ知恵的なエッセンスを求めてみたので御覧ください。

刊行までに70年要したオックスフォード英語辞典

オックスフォード英語辞典というと名前は聞いたことあります。高校生の先生が英語を極めるならジーニアス(英和)じゃなく、オックスフォード(英英)で学べと言っていたのを思い出します。私は手にすることはありませんでしたが。

でも、先生の言うことは今は理解できます。英語を英語で理解することは、一定の英語力は備えている前提ですが、より英語の理解力を広げますし、説明力もインストールできるので、叶えば効率の良い勉強方法ではありますね。この映画を観ると、オックスフォード英語大辞典(以下、OED)のこだわりも伝わり、愛着を感じますので、高校生くらいで観ておくともしかしたら勉強への向き合い方が変わったかもしれません。

OEDは1857年に言語学協会によって編纂が開始されます。この言語学協会で編纂を開始するくだりから『博士と狂人』の物語は始まります。

言語学協会という存在自体は 1842年 から始まり、メル・ギブソン演じる博士がOED編纂のために参画しますが、内部で横槍やら邪魔があるのは描かれるところで、学会というお硬い組織で、新参者が気に食わず足をひっぱるという側面は容易に想像できますね。

OEDはアルファベットで区切った分散型で発表を重ねながら70年後の1928年に完全版が正式に発行されます。OEDが正式な完成までに70年の年月が必要としたのは膨大な単語数に加え、時代的変化を表すために引用文を多く収録したことが理由に挙げられます。

映画の中でもこの時代的変化を追う作業に気苦労し、その過程で”博士”と”狂人”が交わることになります。

広辞苑との対比

日本の辞書といえば、広辞苑。こちらは1930年に編纂を着手し、1935年に発表されています。年代的にOEDの影響を受けて、参考にしての発行だったかもしれません。

こちらはあくまでも現在における比較になりますが、収録語数はOEDが約30万語、広辞苑は25万語とそこまで大きく違いはありません。ただし、OEDは時代的変遷を追うための引用を多く収録しています。

2005年11月30日時点で、オックスフォード英語辞典には、約301,100の主項目が収録されている。これらを補う形で、さらに157,000の太字で示された複合語や派生語、169,000の斜字体で示された句や複合語、 全部で616,500の語形、137,000の発音、249,300の語源、577,000の相互参照(クロスリファレンス)、および2,412,400の語法・引用が記されている。

Wikipediaより

発音を表現し、そして250万近くの語法・引用を収録、というのは数も苦労も途方なく感じます。また、広辞苑においては日本のみ、それに対してOEDは英語圏全体の網羅性も加味したはずで、言葉が変遷している過程で大きく変化してしまって修正が必要となるケースもたやすく想像できます。

また、OED編纂における手法も特徴的で『博士と狂人』でも描かれていますが、ボランティア方式と世に広く顔の知らない相手にも編纂における手伝いを依頼しています。作中では単語の活用事例の調査を呼びかけ、それに応える形でショーン・ペン演じる精神病院にいる”狂人”が編纂に関わることになります。

ボランティア方式、かつクラウドソーシング的な手法で労力を囲い込むというのは現代的な発想で、OED編纂手法はさりげなく新鮮だったりします。

必要性の有無はありますが、広辞苑とは手法も大きくことなったようです。

『舟を編む』との見比べも一興

日本でアニメ化され、映画化にもなった『舟を編む』もまた辞書編纂の物語です。こちらは時代としては現代的で、『博士と狂人』よりも辞書を編纂するということ、つまりは言葉を解いていくことにフォーカスされているように思えます。

主演は松田龍平と宮崎あおいが演じています。日本アカデミー賞を始め多くのコンペティションで監督賞、作品賞、主演男優・女優賞を獲得しています。

アニメ版も映画版も色合いが違えど言葉の広がりを絡めた人間ドラマを観れてとても心があたたまる作品でした。

もし、まだ観てない方がいましたらぜひご覧ください。現在(2020.10.29)だと netflix とAmazon Prime でも観れます。これから受験勉強が佳境になる受験生には、『舟を編む』は息抜きに最適な映画だと思います。観たあと辞書を読みたくなるかも。

今夏公開された韓国映画で『マルモイ ことばあつめ』もまた辞書の話です。

多くの国で映画の題材になる辞書の作成過程には、必ずドラマがあるのでしょう。あの分厚い無機質な言葉の集合体には幾人ものドラマが差し込まれていたと思うと、やたら重(想)たかったのは仕方のないことかもしれません。

今はインターネットでデジタルで調べることがほとんどですが、言葉の意味ひとつを表すに多大な労力が隠れていることを忘れずにいたいと思います。