「行き止まりの世界に生まれて」-静と動で見せるラストベルトの現実-

いまや情報はインターネットの蛇口を捻れば零れんばかりに流れてくる。遅れてテレビではその情報を言葉や絵に置き換えて伝えてくる。そこにはおそらく含まれていない情報がこの映画には詰まっている。

情報とは「生々しい」ほど価値がある。

私たちの知っているアメリカは、大体がトランプ絡みであり、GDP・失業率・株価などの数宇だったり、大きい事件や事故のトピックス的なものである。多くがキーボードや原稿を読み上げたものを通して、入ってくる。

「行き止まりの世界に生まれて」

この映画にあるのはジャーナリズムでもナショナリズムでもない。ただのスケートボーダーの若者が撮った映像であり、それらがいつしかテーマをもって映画になったものだ。

そのテーマはビン・リューを映画監督にさせた。無邪気に撮っていたカメラが意思のあるものになった。望んで持ちたかったものではなく、向き合いたかったものでもないだろう。でも、逃げられないものだった。

だから、カメラに収め映画に昇華することで自分を次に進めたかったんだろう。スケートボードの感性で、そんな想いをもってつくりあげた映画だ。

監督のビン・リュー。本人も劇中で自身の辛い過去に向き合っている。

正直、そんな難しいことは考えず、ただ予告で見たスケートボードの疾走感あるカメラワークと緩急ありそうな面白そうな映画として公開初日に足を運んだ。

観客を飽きさせず、親近感を感じた若者たちの絵から、含みのある笑顔や、見たくない一面を突き出してくる。

スケートボードのシーンは気持ちよく絵を動してくれる。後に”人”にカメラがフォーカスしたときに、対比として静けさをつくってくれる。観客は集中する。

ちゃんと考えてみると、スケートボードには若者を虜にする要素が揃っている。

低コストなモビリティツールとしての価値、テクニックを競うスポーツ性がり、競争性や好奇心で集うコミュニティ、そしてファッションとしてもクールだ。

コミュニティは家族とは別で”居場所”をつくってくれる。ときには家族以上になる。一方で家族とは違う見えない壁も存在する。

それらがこの映画には詰まっている。

無邪気な笑顔の奥に、闇を感じさせるキアー・ジョンソン

夢なきラストベルト(さびついた工業地帯)がトランプに期待し、彼を大統領に押し上げたとも言われているが、これから控えるアメリカ大統領選においてラストベルト地帯の人々はどう動くのか、この映画に出てきた彼らはどうするのか、個人的には気になるところである。

作品紹介『行き止まりの世界に生まれて』

STORY

小さな町で必死にもがく若者3人の12年を描くエモーショナルな傑作ドキュメンタリー!

「アメリカで最も惨めな町」イリノイ州ロックフォードに暮らすキアー、ザック、ビンの3人は、幼い頃から、貧しく暴力的な家庭から逃れるようにスケートボードにのめり込んでいた。スケート仲間は彼らにとって唯一の居場所、もう一つの家族だった。いつも一緒だった彼らも、大人になるにつれ、少しずつ道を違えていく。ようやく見つけた低賃金の仕事を始めたキアー、父親になったザック、そして映画監督になったビン。ビンのカメラは、明るく見える3人の悲惨な過去や葛藤、思わぬ一面を露わにしていくー。希望が見えない環境、大人になる痛み、根深い親子の溝…ビンが撮りためたスケートビデオと共に描かれる12年間の軌跡に、何度も心が張り裂けそうになる。それでも、彼らの笑顔に未来は変えられると、応援せずにはいられない。痛みと希望を伴った傑作が誕生した。

STAFF・CAST

監督/製作/撮影/編集:ビン・リュー
エグゼクティブ・プロデューサー:スティーブ・ジェイムス

出演:キアー・ジョンソン、ザック・マリガン、ビン・リュー

配給:ビターズ・エンド(2018年・93分)

『行き止まりの世界に生まれて』予告編