邦画「糸」-握った手はまたどこかで誰かの手を握る-

「平成で常に流れ続けた名曲」

思えば「聖者の行進」という野島伸司のドラマで流れていたエンディング曲、それが中島みゆきの「糸」である。

最初に発表されたのはさらに遡り1994年、平成4年。
そこから「聖者の行進」が1998年、平成8年。
その後、様々なアーティストがカバーし、平成の間いつも聴き続けられた曲だ。

「糸」を映画化したのが本作。

本作では”抱きしめること””手をつなぐこと”が重要な意味を持つ。
そして、そこにあらためて暖かさを求める見る側の私。
これは以前の状況であれば、ここまで私の心がピントを合わせるところではなかったと思う。

人が人とが、糸を紡ぎ、布になり、暖かさを生む。

致し方ない時世ではあるものの、ソーシャルディスタンスは寂しい。
フィジカルに人に出会い、非言語な感性を働かせて、それでも心根を隠しながら、正直さや素直さを絞り出して、飛沫を交えた言葉のやりとりをする。

やはり、それが良いと思ってしまう。

湧水の如く純粋な人間なドラマ

本作はベタだ。シンプルなボーイ・ミーツ・ガール(アゲインアゲイン…)のストーリーだ。

菅田将暉も小松菜奈に加え、倍賞美津子や榮倉奈々、斎藤工が人間味あるエッセンスを添え、シンプルで幽玄な人の味わいをもたらせてくれる。
ベタだが、安っぽさはない。それは脇を固めるは俳優たちの丁寧な芝居のおかげだと思う。

重ねて言うが、本作は「糸」にインスパイアされた映画でもなく、「糸」の映画化である。
演者たちの後ろに曲があるのではなく、曲の後ろに演者が流れているといった表現のほうが適切なのかもしれない。

「人は出会うべくして、出会う人と出会う」

そのコンセプトに沿って変化球なく展開されるストーリー。
この時代だからか、平成を生きた人間だからか、言葉にし難い親近感を感じさせてくれる。

運命的なコロナ禍での公開が意味をもつ

SNSが人の生活に浸透し、人と人とのつながりはネットワークと呼ばれ、インターネットで可視化されるようになっている。それでも、ここで描かれているものはネットワークではなく、「糸」であり、それは日本人しかわかり得ないニュアンスのような気がする。

本来、隣の席にぬくもりがある映画館で上映されるはずだった本作。
それが、ソーシャルディスタンスという人との距離を規制されている最中に上映されたこと。
コロナ禍で上映されたことも運命だったのかもしれません。

「人は出会うべくして、出会う映画と出会う」

いまいちど、「糸」の歌詞を読みながら、アフターコロナにこの映画を観たらどう感じるのだろう。
その対比を楽しむのも一興と思いつつ、今は糸を紡げるディスタンスを取り戻せる日を、心から願うものである。

作品紹介『糸』

STORY

人は奇跡のような確率で、誰かと出逢っている。
平成元年に生まれた漣(菅田将暉)と葵(小松菜奈)。
すれ違い、遠く離れ、それぞれの人生を歩んできた二人が、奇跡の糸を手繰り寄せながら、
平成の終わりに再会を果たす。
これは、運命に引き離された男女が再びめぐり逢うまでを、
平成という時代の変遷とともに描く、壮大な愛の物語。

STAFF・CAST

監督:瀬々敬久
脚本:林 民夫
原案・企画プロデュース:平野 隆
音楽:亀田誠治

出演:菅田将暉、小松菜奈、榮倉奈々、斎藤工、山本美月、倍賞美津子、成田凌、二階堂ふみ、高杉真宙

配給:東映(2020年・130分)

菅田将暉&小松菜奈 映画『糸』MUSIC VIDEO( 中島みゆき「糸」フル )【8月21日(金)公開】

追記:現在(9/30時点)公開されている劇場も少し減ってきてはいるが、TENETミッドナイトスワンとは違った趣があり、頭や心が疲れた際は、本作で充電するのも良いかと思う。